眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

ザ・フライ

 

 往年のSFホラー映画『蠅男の恐怖』のリメイク。

物体を電気的に分解して転送する「物質転送装置」で転送中に紛れ込んだ1匹の蠅と遺伝子レベルで融合してしまった主人公の悲劇を描いたSFホラー映画。

監督は『スキャナーズ』や『ビデオドローム』のデヴィッド・クローネンバーグ

 

エクストリームなホラー映画ですか?いいえ、立派な純愛映画です

 この映画について語られるとき、その文脈はかなりエクストリームな表現のあるSFホラー映画として語られることがほとんど。

でも、実際に見てみるとそれは後半に集約されていると同時に、蠅男、という題材がいろいろな暗喩になっていて、それを踏まえてみると非常に胸を打つというか、テイストは完全な恋愛映画。

それもかなりほろ苦い純愛映画のようですらあります。

……って、書くと「馬鹿を言うな!」とか「気でも狂ったか!」と石持て追われて地元に住めず、あっちこっちを転々とせざるを得ないような状況に追い込まれそうですが、眼鏡堂の地元の方々はそんな心の狭い人がいないだろうと思われるので、ひとまず安心。めでたしめでたし。

 

ええと、何を書こうとしてたんだっけ?

 

ハイ、純愛映画としての『ザ・フライ』でしたね。

 

とにかく前半は多少ホラー映画のテイストはあるものの、ほとんど恋愛映画。

主人公であるブランドル博士がヒロインと付き合うことになり、その恋愛力のモチベーションから物質転送装置を完成させ、公私ともにラブラブというくだりは完全に恋愛映画。個人的に見ててほほえましかったのが、それまで服装とかには全く無頓着だったブランドル博士がヒロインから服をプレゼントされた後、結構そればっか着てるトコ。

よっぽどうれしかったんだろうな、というのが結構子供っぽいというか無邪気さが出ててグッときました。

 

んでも結局は、男の身勝手でさんざん彼女を振り回して全部ダメにしてしまうという話。やっぱ、何事も相手に対する思いやりが大事ってことですな。

あと、身勝手とワガママはいかんぞ、と。

 

いろんなメタファーについて考えてみる

遺伝子レベルで蠅と融合してぐちゃぐちゃになったブランドル博士の存在はいろんなメタファーになっている、というのは有名な話。

例えば、この当時(86年)流行していたエイズのメタファーなのでは?というのは有名な話。

でもそれより個人的に考えたのは、こんなこと。

劇中では蠅と遺伝子レベルで融合してしまって、人間からどんどん離れた存在になっていく、というのが、例えば病気によってそれまでと全く違う容貌であったり内面になってしまうこと。または、事故によって回復不能な状態になってしまったこと。

そんな状態になったとき、果たしてパートナーの方や恋人は自分に対してどんな反応をとるだろうか?一方的に離れて行ってしまうんだろうか?という恐怖を描いたように思いました。

 映画は、人生の予行演習、というのはよく言われることですが、ごくごく普通の恋愛映画で、そんな人生の岐路について描かれることはないような気がします。でも、ホラー映画というエクストリームな表現の中では暗喩として、それを描くことができる。

改めて、ちょっと視点を変えてこの作品を見たとき、すごく心に突き刺さるのはその部分でした。

特に、蠅の遺伝子が発現し始めてぐちゃぐちゃになっていくブランドル博士をヒロインが躊躇なく抱きしめるシーン、そしてラストのわずかに残った人間性で「殺してくれ」と懇願する博士の希望を泣きながらかなえてあげるシーンは冗談抜きでウルウルしました。

仮に。

自分の恋人やパートナーがもう回復の見込みのない状態にあって、「もうここで死なせてほしい」と意思表示されたとき、はたして自分はどうするんだろう?ということを考えたりもしました。

 

確かに本作はかなりエクストリームなSFホラー映画ではあるけれども、クローネンバーグ監督らしい非常に重厚で社会的なテーマを盛り込んだ傑作です。

 

いやいや、久しぶりに見ると本当にグッとくる映画だ。