眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

ゴシックハート/高原英理

ゴシックハート

今はなき『幻想文学』誌上で行われた、幻想文学賞新人賞作家による評論。

ゴシックとうたわれてはいるが、美術や建築、文学におけるゴシック様式を論じたものというよりは、それらを現代的な”ゴス”の側に引き寄せて再解釈しようと試みた評論。

ゴシックとゴスは同じものではない、というのがオイラの持論。

ヨーロピアンなゴシック様式と、クールジャパンなゴスロリはどう考えても同じじゃない。もちろん、どっちがいいとかどっちが悪いとかそんな話でもない。

 

この本がどういう本かを説明するのは、案外簡単だ。

 

例えば、あなたが少女だったとする。

顔立ちは十分美人だが、友達とワイワイさわいだり、彼氏を作ったりすることに興味がない。

クラスメイトと一緒にいるよりは、一人で本を読んでいる方が好き。

聞く音楽はヒットチャートとは無縁。邦楽は一切聞かず、(クラスメイトが知らない)マイナーな洋楽ばかりをイヤホンで聞いている。

当然、私服はほとんど黒。

例えば、そんな少女だとする。

そして、たまたまゴシックロリータなるものを知って興味を持ったとする。

服とかの格好は判った。じゃあ、内面はどうすればいいのかしら?

 

そんな疑問を抱いた時に買うのがこの本だ。

(※借りる、という選択肢はない。なぜなら、収集こそゴス的な行為であるからだ)

 

こう書くと大した本でないように思えてくるが、そうバカにしたものではない。

なぜなら、”ゴス”というのは高い美意識によって形作られている感覚なので、必然的に選りすぐりのものが残る。

 

作家なら、三島由紀夫澁澤龍彦中井英夫江戸川乱歩、ポー、S.キングなど。

小説なら、『アッシャー家の崩壊』『ドラキュラ』『フランケンシュタイン』など。

人形はあくまでも人形愛に基づく球体関節人形であって、フィギュアではない。

マンガも、『攻殻機動隊』や三原ミツカズのマンガが尊ばれるのであって、『ONE PEACE』などというシロモノは燃やして捨てろ、といった具合。

 

だいたいにおいて”ゴス”というのは少数者の精神性なので、大多数が称賛するものを嫌悪するというのが常識であり必然。

一般人の目から見れば奇異に映るそれらも、強烈な美意識の産物であることを考えると、そりゃクオリティーが高くなるわな。

 

この”ゴス”という精神性で最も重要なのは、少数者に寄り添うというところ。

かつて、イジメが社会問題になったとき(今でもそうだが)、著名人がそれについての文章を書いて発表したことがある。

その時もっとも不評を買ったのが、マリナーズイチロー

明らかに何もわかっていないバカの文章だったので、「ああ、コイツはいじめる側の人間なんだな」と巷が納得。

それに比べて男を上げたのは、意外や意外さかなクン

辛いとき苦しいときに一番してほしいことは何か?ということを彼は頭ではなく感覚で理解していて、それが押し付けがましくない。

さかなクンが愛されるのがわかった気がします。

 

ともあれ、”ゴス”というのは少数者の心のよりどころ。

誰しも心に暗い何かを抱えているからこそ、そのことに対して自覚的になるのも必要だ。同時にそれは、恥ずべきものでも悪いことでもない。

”私は誰に対しても優しいの。いつだって明るい気分だし、みんなに感謝を忘れないわ。私って裏表のない人間なの♪”などと公言する人間が最も残酷で、最も醜い。

孤独の許容や自分自身への肯定。

案外、明るく楽しくポジティブに、などという強迫観念よりも、この”ゴス”的なありかたの方が、個人的には強くなれる気がする。

 

それはそうと、この本で取り上げられている作品群。

非常に通好みのものがズラっと並ぶので、全部網羅したら結構人から尊敬される気がします。改めて読むと結構濃いぞ、このラインナップ。

 

【追記】

日本で最もゴスな人、といえばオイラがギターを始めるきっかけになった心の師匠。

マリス・ミゼルのMANA様。

聞くところによれば、普段もばっちりフルメイク&エレガンスだそうですよ。

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