眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

父の帽子/森茉莉

父の帽子 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

文豪、森鴎外の娘である森茉莉の随筆。

 

オイラはこの森茉莉という人の作品が非常に好きだ。

個人的な好みでいえば『枯葉の寝床』や『恋人たちの森』のような耽美小説(BLとはちょっと違う)が一番で、次に随筆。

小説の方は彼女の過剰に美的な文体を楽しむものだと思っているが、随筆の方はそういうことは一切気にせずほわほわとした気持ちで読む。

 

森茉莉が文筆業を始めたのは、50歳を過ぎてから。

生活の糧を稼ぐためという実に切迫した事情からなのだが、そんな生活感プンプンの理由とは対照的な、まるで夢見るような文章のトーンは素晴らしい。

この本に編まれた文章は幼少時の思い出がほとんど。

いわゆる”鮮明に覚えている”ではなく、主観に基づく懐古的なもの。

思い出というものは年月を経るにしたがって風化していき、だんだんとディティールが淡くなっていく。ソフトフォーカスとかセピア色とかいう表現で形容されがちなのも、この本を読むと特に理由もなく納得できる。

 

”幼い日は毎日毎日、一日といふものが随分長い。”という一節に同感。

子どもの頃の1日って、大人になってからの1日とは明らかに違う。何がどう違うのかは分からないけれど、感覚的なものからして違う。

最近だと、この感覚に最も近いのは『よつばと』。

特に、帯のキャッチコピーはまさにそのものだ。

 

ともあれ、この本の中で描かれる世界は、ある意味で最も幸福なる家庭の姿かもしれない。威厳のある優しい父親と、厳しくも優しい美しい母。そして、穏やかに過ぎていく日々。ドラマや映画のなかで目指さんとする”幸福な日々”は、まさにこの本の中に登場する光景だ。しかも絵空事でではなく現実にあったこと。

彼女にとって最も幸福でかけがえのない日々であったからこそ、老境に差し掛かろうという年齢にも拘らず、こんなに鮮明に文章を編むことができるのだろう。

 

それにしても、この本の中に登場する森鴎外の姿は”文豪”というイメージからはずいぶん遠い。

論争好きで喧嘩っ早く、坪内逍遥との”没理念論争”や海軍軍医総監・高木兼寛との”脚気論争”や”貧民散布論”などでところ構わず噛みつく狂犬作家のイメージはココには皆無。

あくまでもそこにあるのは、子供たちに愛情を注ぐ一人の父親の姿だけ。

なんとなくとっつきにくい森鴎外のイメージが変わってくる。

後年、子どもたちは全員、父である鴎外のことを文章にしているが「父から一番愛されたのは自分である」ということを全員が書いていて、鴎外の人柄がうかがわれる。

……と言いつつも、長女である茉莉を「ちょっとそれはどうか?」というくらいにベタベタに甘やかすダメおやじっぷりも、何となくかわいく見えてくる不思議。

 

森茉莉の随筆の特徴は、かわいい。

もう、この一言に尽きる。

 

同年代の随筆家の白洲正子の作品よりは、オイラは断然森茉莉の方が良い。

もともと育ちがいいからか、天然で面白いし、イヤミなところがないからね。