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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

江戸川乱歩短篇集/千葉俊二・編

江戸川乱歩短篇集 (岩波文庫)

日本文学に探偵小説という分野を開拓・普及させた江戸川乱歩の短篇集。 

”江戸川”といえば”体はコドモ、頭脳はオトナなアイツ”が幅を利かせているが、アレも江戸川乱歩がいなかったら誕生していないわけで、そう考えると乱歩の功績はあまりに大きい。

おそらく、日本全国の小学校には”少年探偵団シリーズ”があるだろうし、ほとんどの小学生が一度は読んだに違いない。シャーロック・ホームズと少年探偵団シリーズは、まさに読書の入口。もちろん、オイラもそうだったさ!!

 

まあ、それはおいとくとして。

この本は、乱歩の作品から年代を問わずまんべんなく作品が集められていて、一種のベストアルバム的な印象。

収録作も”二銭銅貨”、”D坂の殺人事件”、”屋根裏の散歩者”、人間椅子”、”鏡地獄”、”押絵と旅する男”と、きちんと押さえている。

ここに長編作の”パノラマ島奇談”と”陰獣”、”孤島の鬼”をプラスすれば、ほぼベスト・オブ・ベストと言っていいかもしれない。

 

すごく昔の小説なのだが、それでも読むたびに引きつけられるのは、独特の文体であり語り口があるからだろう。

平易な表現でありながらどこかフェティッシュな香りが漂う独特の文体は、乱歩いわく、谷崎潤一郎の『金色の死』からの影響だという。言われてみれば、初期の乱歩作品に特に強く見られるフェティッシュな描写や倒錯的な登場人物などは、確かに谷崎的だ。後年そのことを谷崎当人に謝辞とともに伝えたところ、「あの当時の作品のことは思い出したくない。貴方もすぐに忘れてほしい」と一蹴されてしまい、ひどく落胆したとか。

 

乱歩作品は、その不思議なノスタルジーとも相まって主人公に簡単に同化できる。

少なくともオイラはそうだ。

とにかく、江戸川乱歩は心の暗闇をつくのが非常にうまい。明るい日の光を肯定しない一方で暗闇を否定しない。

彼の作品の主人公は常に少数派の人間であることも、社会に適合できなかった結果、作家という職業につかざるを得なかった江戸川乱歩こと平井太郎青年の分身めいている。

とはいえ、もともと真面目な人なのだろう。

納得のいかない完成度だが、掲載せざるを得なかった作品について、文末で平身低頭謝り倒す乱歩先生。

長編小説『悪霊』でもオチが思いつかず、物語のクライマックスに代わって作者の謝罪文が掲載されるなど、割とよく謝っている印象があるのは気のせいだろうか?

当人が極め付きの活字マニアなので、書き手と読者、双方の気持ちが分かるのでどうしても一言言いたくなるんだろう。

 

読んでいて印象に残ったのは、『目羅博士の不思議な犯罪』のラスト。

”何の動機がなくても、人は殺人のために殺人を犯すものだ”という一文は非常に重い。

最近だとAKBの握手会での事件など「誰でも良かった」「たくさん殺そうと思った」など、理由なく人を傷つける事件が多いが、おそらくそれは何かに影響されたのではなくて人間は皆そういう風にできていると考えた方が良いのかもしれない。

”私は絶対にそんな風にはならない”という考えこそ危険だ。

”何かの間違いで自分もそうなってしまうかもしれない”という予防線があるからこそ、人間は人間に対して残酷にならずに済んでいるのかもしれないのだ。

 

探偵小説という娯楽のかたちを取りながら、乱歩が表現しようとしたものの中にはそういった人間の本質的についての、一種の性悪説のようなものがチラチラ見える。

最近、嫌な事件が多いからこそ乱歩作品のこの雰囲気はとても重い。