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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

雪沼とその周辺/堀江敏幸

雪沼とその周辺

もし、堀江敏幸という作家を知らなかったとしたら、それはだいぶ損をしている。

どれも傑作揃いで、無駄がなく、ぴかぴかに磨き上げられている文章。

読んでいるだけで情景が目に浮かんでくるような表現。

読書好きは当然押さえているだろうけど、一般的な認知度は悔しいくらいに低い。

 

余談だけれど、石原慎太郎芥川賞の選考委員を退任したとき、誰もが手を叩いて快哉を叫んだはずだ。

なぜならジジイの後任は奥泉光堀江敏幸

書き手としての技量も高けりゃ読み手としてのセンスも高い二人の参加は、ずっと停滞していた芥川賞を見事によみがえらせた。

実際、二人が参加して最初の芥川賞鹿島田真希が受賞、笙野頼子以来、史上二人目となる三冠作家の誕生となった。(※三冠とは、芥川賞三島賞・野間新人賞)

これだけでも、あのセンスのないジジイがどれほど邪魔でどれほど有害だったのかが良く分かる。残りの人生は、せいぜい取り巻きたちと頭の悪い政治ごっこに精を出していただきたい。

 

まあ、余談はこれくらいに。

 

評論やエッセイも含めて数ある堀江作品。

では、何を最初に読めばいいのか?

答えは決まっている。

この『雪沼とその周辺』だ。

内容は、とある地方都市”雪沼”とその周辺を舞台に、ごくありふれた日常を描いた連作短篇集。

この”ごくありふれた日常”というのがクセ者で、そのまま書いてしまうとただ退屈なだけだし、誇張するとありふれた日常ではなくなってしまう。このへんの小説内リアリティのさじ加減が非常に難しい。

まさに、作者の力量が問われる部分。

とにかく、堀江敏幸という小説家はそこが抜群にうまい。

リアリティの置き所が非常にしっかりしていて、フィクションでありながらすごく地に足がついた感じがする。

 

この本の中で扱われる話は、どれもこれもごくごく小さな話。

悪く言えば起伏に乏しいという言い方もできるかもしれないが、普通の日常なんてそんなもの。そんな中での日常のふとした瞬間に生じるドラマを見事に切り取ってみせる。大げさではなく、あくまでも日常の光景として。

この絶妙さは読むたびに感心するところだ。

上手い文章というのは、きっとこういうのを言うのだろう。

難しい表現も無ければ、凝った文章技巧もない。

主張は少ないけれど、とにかく読み手に優しい。

 

雨や夕暮れといった光景と、登場人物たちがある一定の年かさを超えた人ばかりなのとがあいまって、どうしても人生の終わりというものを読み取らずにはいられない。

同時に、県庁所在地ではない地方都市(人口でいうと3万人くらいだろうか?)の、ゆっくりとさびれてゆく雰囲気がほんのり切ない。

 

どの話も、どこにでもあるようなエピソードとどこにでもいそうなキャラクターを最小限のディフォルメで組み合わされていて、読みながら自然に映像が浮かんでくる。

でも、下手に映像化されてイメージが固定されるよりは、自分自身の想像のなかで楽しんだ方がいいだろう。それによって、読み手自身がこの”雪沼”という場所の住人のひとりになれるからだ。

案外、”派手な絵面がないから映画化する価値がない”なんていう風に、テレビや映画の業界人に思われているのだとしたら、こっちとしては幸せなことだ。

いずれにせよ、脳内映像作のほうが、どんな監督がメガホンを取るよりも完璧なものになるだろうから。読者のイマジネーションというのはそういうものだし、小説を読む楽しみのひとつでもある。

 

小説を読む楽しみにあふれた作品は、人によって違うだろう。

でも、その中に堀江敏幸の作品を加えてほしい。

 

堀江敏幸という小説家を知らない方、ぜひぜひ読んでください。絶対に損はさせません。

もし気に入ったら、長編『いつか王子駅へ』もオススメです。

いつか王子駅で

 

最後は完全な蛇足だけれど、人のよさそうな著者の顔もこの小説に非常にマッチしている。

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