読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

アメリカン・サイコ

アメリカン・サイコ ―デジタル・レストア・バージョン― [DVD]

大好きな映画ではあるのだが、そうそう何度も見ようとは思わない。

色んな意味で常軌を逸した映画であると同時に、ラストへと至るカタルシスがゼロ。

狂気の高揚感とは対照的な異常なまでの生暖かい後味の悪さが暫くの間へばりつく。

とにかくこの映画、サスペンス映画というよりホラー映画だ。

それも完全にスラッシャー映画だよ!!*1

13金も悪魔のいけにえも、最後にはそれなりにすっきりしたラストに至るのに比べると、この映画ときたら……。充足しえない欲望の存在に気付いた瞬間から始まる、真綿で首を絞めるような倦怠という地獄。

ホラー映画は娯楽だが、そういったホラー的な娯楽はゼロ。

とにかくいろいろな意味で後味が悪すぎる。

まあ、そこが最大の魅力でもあるのだが。

 

例外なく人間には欲望があるし、その欲望には際限がない。

だからこそ、経済活動というのが成立するのだ。

欲望と快楽は一種の需要と供給。それが際限なく膨らみ続けた末、主人公のパトリック・ベイトマンがたどり着いた最大の快楽であり欲望を満たすための手段が殺人。

劇中の言葉が正しければ彼は40人以上の人間を無差別に殺害したことになる。

しかし、社会的に高い地位にある彼を誰も疑わない。

なぜなら、殺人には理由が必要だからだ。

彼のようにまったく理由がなく、ただ欲望を満たすためだけに繰り返される殺人は露見しにくい。まして、彼と被害者との間に何の接点も無ければなおのこと。

一種の快楽としての殺人行為、というのは『アメリカン・サイコ』に限らず、幾つか作品がある。例えば『ホステル2』とか。

ホステル2 [無修正版] [DVD]
 

ただ、この映画は非常にトリッキーで、ベイトマンの行っている行為が果たして現実に起こったことなのか、それとも、分裂して自我が崩壊した彼の中での妄想に過ぎないのか、その境界線がはっきりしない。

この部分がサスペンス的な部分の核。”信用できない語り手”という王道のテクニック。

代表は言わずもがなコレ。

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

カネと地位とステータスを手に入れ、それでもまだまだ欲望が満たされない。

イトマンをはじめとして彼の周りにいる人間は空疎な人間たちだ。

見栄えはいいし社会的に高い地位についているが、中身が全くない。

それは彼らの会話の内容や、乱痴気騒ぎの幼稚さ、薄っぺらなプライドや過度のナルシズムに代表される。相手を着ている服や肩書、財布の厚みでしか判断できない人間なのだ。

某芸能人の不祥事以降、ヒルズ族という人たちの浅薄さが話題になったが、結局のところ、それは世の東西を問わず一緒ということなのだろう。

オリバー・ストーン監督の名作『ウォール街』で、マーチン・シーンが、

「おれはお前のように人間を財布の厚さで見たりしない」

と言うが、名刺一枚で相手の人間性を判断するような人間はそれ以下だ。

だからと言ってそういう人間へ何か罰を与えてカタルシスに導くことをせず、無間地獄の中に叩き込むエンディング。

彼に待ち受ける日々はどんなものなのだろうか?

イトマンはその地獄にすら順応しそうな雰囲気があって、余計に恐ろしい。

 

 

個人的に見ていて引き込まれるのは、主演のクリスチャン・ベールの怪演ぶり。

ダークナイト』をさんざん見た後でこの映画を観ると、色々と考えさせられるものがある。つまり、ジョーカーの挑発に乗ってしまい、人間として越えてはならない一線を越えた後のブルース・ウェインの姿だ。同じクリスチャン・ベールが演じているから、というのも相まって異様なほどのシンクロ具合。

断然ジョーカー派のオイラとしては、ダークサイドに転落したバットマンの姿をこの映画が語り直してくれる気がして(※『アメリカン・サイコ』の方が公開が先)、非常にワクワクする。

若干、『アメリカン・サイコ』がアラン・ムーアっぽいような気もしないでもないので余計に。

ダークナイト 特別版 [DVD]

ダークナイト 特別版 [DVD]

 

 

それは置いとくとして。

 

全裸にスニーカー、チェーンソーを片手にクリスティーナを追っかけるクリスチャン・ベールのビジュアルは最高の一言。あの名優が惜しげもなくマッパになり、返り血を浴びてチェーンソー片手に全力疾走という絵面に、名優クリスチャン・ベールの役者バカっぷりを垣間見たような気がして妙な感動を覚える。

納得したら何でもやってくれんだな、この人(笑)。

 

最後は長々とした余談。

ジェネシス』はフィル・コリンズが前面に出てきた80年代のアルバムが一番で、それ以前はアートすぎてインテリすぎてダメだ、とベイトマンは言うが、オイラはそれに一家言あるぞ。

ただのポップバンドに成り下がったジェネシスよりは、ピーター・ガブリエルスティーブ・ハケット在籍時のブリティッシュ・プログレの有力バンドとして表現主義的な活動をしていた時の方がずっとずっと好きだ。


Genesis - Dancing with the Moonlit Knight - YouTube

っていうか、ピーター・ガブリエルの圧倒的な存在感とカリスマ性に比べたら、フィル・コリンズは随分落ちる。何というか、成り下がった感じだ。

まあ、フィル時代がバカ売れしたのは紛れもない事実で、インヴィジブル・タッチがその代表曲なのも確かだけど、あれって朝のヅラ番組のテーマじゃん。

死ぬほどダッセえPVの(笑)。


Genesis - Invisible Touch [Official Music Video] - YouTube

ただ、この辺りの選曲の妙は素晴らしくて、ようは売れ筋の曲”だけ”にしか興味がなくて、その曲のどこがイイのか?っていうのも雑誌の受け売り。

要するにイケてる曲を聞いてる自分に酔ってるわけだ。

売れた曲が悪いとは言わないが、表面的なおしゃれアイテム程度の使い捨てとして音楽を扱われるのはイラっとくる。

この感覚は”BURRN!”読者の”ロッキンオン・ジャパン”読者がムカツクとか、”映画秘宝”読者が”CUT!”読者をぶん殴ってやる!という価値観に近いものを感じないではない。

……こう書くと、なんか、ただの嫉妬じゃねえか、と思わないではないので書かない方が良かったかもしれない。嗚呼、文章表現の何と難しいことよ。

 

作品自体に不満はないが、劇中で「人を喰った」とベイトマンが言うが、具体的な人喰いシーンがないのは残念。正直、ちょっと見たかったような気がする。

”人を喰った映画は信用できる”というフード理論*2ってヤツですね。

……まあ、そんなことは一言も書いてないけどね。

まんがキッチン (文春文庫)

まんがキッチン (文春文庫)

 

 

*1:13日の金曜日悪魔のいけにえなどに代表される殺人鬼映画

*2:物語内でキャラクターの特性を一目で表すため、食べ物が担うアイコン的な役割やある種の法則のようなもの