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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

ドラコニア綺譚集/澁澤龍彦

読書【小説】
ドラコニア綺譚集 (河出文庫)
 

この本には思い入れがある。

単純にその当時絶版になっていて、何度も何度も古本屋巡りをした結果の「あった……!!」という瞬間の高揚感。

そういうのがあるので、いつでも読めるところに置くようにしている。

 

タイトルにある”ドラコニア”の言葉通り、ドラゴンの国=澁澤龍彦ワールド。

澁澤龍彦と同じベクトルにある書き手に、荒俣宏桐生操がいるが、正直なところこの二人の作品に引かれるところがない。アカデミズムや資料的な正確さという点で見たら、圧倒的にこの二人だろう。……まあ、澁澤よりもずっとずっと年下なのだから当然なのだけど。

でも、読み手からすれば少なくとも資料的な正確さ、というのはそれほど重要ではない。もちろん、それは資料として引用する場合ではなく、単純に読書として楽しむ場合というのが大前提だ。

澁澤龍彦の文体には対象を突き放すような無機質な冷たさがあって、冷静になって読めるというのが未だ人気が衰えない理由ではないか、と考えてみる。

正直なところ荒俣宏の文章はあまり面白くないし、桐生操の文章は鼻につく。二人とも何となく知識を上から目線でひけらかしているような感じがして(特に桐生操)、正直、熱心に読みたくはならない。

後は何だろう……非常に酷な言い方だが、ルックスの面も大きい。

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上から順繰りに、荒俣宏桐生操澁澤龍彦

本当に酷な言い方だが、全く同じ題材――例えばオカルトなどを、荒俣宏の口から語られるのと澁澤龍彦の口から語られるのでは、印象がかなり違う気がする。

ただしイケメンに限る、とは言わないが……でも、しょうがないよ、こればっかりは!!

 

澁澤龍彦の文章は非常に独特で、最近の作家でこういう書き方をする人は見かけない。

評論でもあり論説でもあり、エッセイかと思うと創作小説だったりする。

それぞれのジャンルの境がない感じなので、ジャンルにこだわる人には不向きな作家と言えるかもしれない。確かに最近の作家でこういう書き方をする人は見かけないのだが、ちょっと昔の作家には結構いた。

 

例えば、澁澤の盟友でもある種村季弘。この人は小説は書かないのだが、評論でありエッセイがまるで小説のような面白さや奇怪さに溢れている。

 

例えば、花田清輝。この人の特徴は小説なのか評論なのか分からない、というくらいに作者自身が表に出てくるところ。『室町小説集』を読んでもらうと一目瞭然だが、これの冒頭を読んだだけで小説だと判断できる人間はそうそういないだろう。完全に論説文だ。

 

さすがにそういう人たちに比べれば、ジャンルごとの境目は澁澤作品はハッキリしている。ただそれでも様々な文学ジャンルを縦横無尽に行き来する感じというのは非常に強い。こういう世界の広がる感じが、大好きなところだ。

古今東西を問わず、さまざまな奇妙な話や不思議な話をよくもまあこんなに知っている、集められるものだ、と感心する。

 

個人的に好きなのは『飛ぶ頭について』と『文字食う虫について』。

 

奇談(珍しい話・辻褄の合わない話・不思議な話)、綺談(面白く造った話)、奇譚(珍しい話や言い伝え)でもない、造語としての綺譚。

こういう漢語的表現も、オイラの大好きな部分なので、ムフーと鼻息が荒くなったりする。

水が合うという表現があるが、オイラには澁澤作品のテイストが非常に体に合う。