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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

仁義なき戦い 代理戦争

映画【ギャング・マフィア】
仁義なき戦い 代理戦争 [DVD]

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仁義なき戦いシリーズの中で、その緊張感とヤクザ同士の抗争が発火するのがこの代理戦争と次作・頂上作戦。

代理戦争では、菅原文太演じる広能に対し、ライバル役の小林旭演じる武田が登場するなど最初からクライマックス。血で血を争う、まさに仁義なき戦いは何度見ても強烈な印象を与えてくれる。

 

この後に作られたヤクザ映画は大半がそうなのだが、とにかく役者のご面相がいただけない。『アウトレイジ』も素晴らしかったが、それでも全体的に面構えはどうか?と聞かれるとちょっと答えづらい。

そういう意味では、この仁義なき戦いシリーズは完璧なヤクザ映画だ。

だいたい、ヤクザのいろんなイベントというか集会的なもので掲げられる垂れ幕。その字体からして完璧だ。杉作J太郎さんの名言に「仁義なき戦いのフォントとトラック野郎のフォントを何で作らないの!!」があるが、全く同意。字体からして、カタギじゃねえぞこの人たち、というのがプンプンこないようでは、小道具さんの腕前もたかが知れている。

ちなみに当時の東映のそのテの技術は素晴らしく、ホンモノの方から「書いてくれねえか?」と依頼があったくらいだ。そういうエピソードは本当に素晴らしいと思う。芸術が真の芸術になり得た瞬間だ。

 

ストーリーとしては、神戸の明石組VS九州の神和会という巨大暴力団同士の抗争、その最前線で翻弄される広島ヤクザの代理戦争を描いた集団抗争劇。

特に注目すべきは、山守VS広能の対決。

巨大な広域暴力団同士の抗争の中で、この対決が代理戦争~頂上作戦までの核になる。

1作目の仁義なき戦いや広島死闘編とは異なり、切った張ったの殴り込みシーンが少ない。あくまでも集団劇であり、政治抗争劇だ。広島ヤクザの実際の抗争を描きつつも、日本共産党自民党55年体制内部での権力闘争をモデルにストーリーが展開していく。ただのヤクザ映画だと思ってナメてかかると、異常なまでの緊張感のパワーゲームが展開するので面食らうかもしれない。下っ端と幹部との間にある意識の齟齬や老獪で狡猾な幹部たちの画策、そして中間管理的な立場にいる人間の悲哀。真面目な人間ほど損をし、狡猾で人を人とも思わない人間ほど傷つかない。どこの世界も、詰まる所は同じなのだ。

この代理戦争で個人的に注目するのは、渡瀬恒彦と成田三樹夫の2人だ。特に成田三樹夫がこの代理戦争を最後に、仁義なき戦い本編には一切出てこない。その理由と、彼が追い込まれた局面を考えると、切ない気持ちになる。

成田三樹夫の役柄を見れば分かるが、はっきりいってヤクザ世界にいるのが不思議なくらいのバランス感覚のある常識人だ。菅原文太小林旭山城新伍が押しの強いヤクザなら、彼は一歩引いたところからヤクザ世界を見ている。そのことが良くも悪くも彼の最後へと繋がってしまうのがぐっとくる。

ちなみに、オイラが仁義なき戦いシリーズでいちばん好きなキャラクターは、この成田三樹夫が演じる松永だ。

 

仁義なき戦い以前のヤクザ映画といえば、任侠映画とも言い換えられる義理と仁義と渡世の物語。ヤクザという社会的なアウトローでありながら、彼らは(少なくとも主人公は)一般社会の人間以上に強固なプライドと徹底した美意識に貫かれている。だから、高倉健鶴田浩二藤純子といった一種の高貴さを内包した俳優が演じて様になるのである。

だが、この任侠映画というものは、あくまでフィクションの存在だ。

確かに、高倉健鶴田浩二の映画はカッコイイ。

非常に気高く高貴な主人公が理不尽に対して、耐えて耐えて耐え抜いた末に己の命も顧みずに殴り込みをかける、という見事なテンプレに観客は拍手喝さいを送るのだ。『昭和残侠伝』とか『唐獅子牡丹』とかのテンプレっぷりは水戸黄門アンパンマンかといった勢いだが、それでも高倉健が凛とした表情で長ドス片手に着流しで殴り込むシーンが登場すると「健さんキター!!」と大喜びせざるを得ない。大喜びせざるを得ないのだが、だいたいこのテの映画を2~3本見ると、「全部同じじゃねえか」とツッコまざるを得ないのもまた事実だ。

ウソだと思うのなら、石井輝男監督の『網走番外地』シリーズを一気に見るといい。

網走番外地 [DVD]

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1作目はイイとして、傑作の誉れ高い『望郷篇』を含め、全部一緒(笑)。『南国の対決』に至っては舞台は沖縄。「網走関係ねえ!!」と初見時に思いっきりツッコんだのを思い出す。予告編なんてコレだぞ。慰安旅行かよ(笑)


網走番外地 南国の対決(予告編) - YouTube

 

話は逸れたが、仁義なき戦いはそんな任侠映画の世界とは真逆にある。

徹底的な暴力と欲望の肯定。とにかく全員が全員、己の欲望に忠実でギラギラとしている。そのあたりが映画に対する好みをぱっくりと分けているに違いない。

「ヤクザ映画が苦手」というのは単純にジャンルがどうこうという問題ではなく、人間の内面に備わったある種の部分を、ありのままに提示されるところにあるのかもしれないと思ったりする。

ようするに、今流行りの『ありのままで』だ。(※レリゴーがなかったので別のをドーゾ)


【アナ雪】生まれてはじめて広島弁ver. アナと雪の女王 - YouTube*1

 

この代理戦争は特にその色が濃い。

繰り返すようだが、本作は完全に政治劇でありパワーゲームについての物語だ。

一般的な感覚、というかギャング映画やマフィア映画を観ない人間にすれば、「ヤクザってすぐに暴れて暴力を振るうんでしょう?」みたいに思われているが、実際はそんな単純なものではない。暴力にのみ重きを置くようなヤクザは”ヤクネタ”と言われて蔑まれる。最も暴力的な社会であるからこそ、ヤクザ社会において暴力は最後の最後の手段なのだ。この辺は戦争というもののありかたに近い。戦争は戦争というものが独立して存在するのではなく、外交という戦略の中にあるひとつの手段として存在する。

互いの駆け引きやパワーバランスの維持、また、その均衡化崩れたときにどうするのか?

集団的自衛権がどうのこうのとめんどくさい世の中だからこそ、この代理戦争には見るべきところが多い。

誰が味方で、誰が敵なのか?という単純な問題だけでななく、味方の中にいる敵(将来的な敵)も含めて、どう始末するか?また逆に、敵の中にいる味方をどのようにして味方に引き込むか?という水面下での駆け引きが延々と行われる。

無論、やすやすとは進まない。

暴力に飢えた若手が暴発するし、神輿として担ぎ上げた目上が全く役に立たないときもある。裏切りもあるし、予想外のこともある。

駆け引きとはそういうものだ。同時に、一方が完全に満足する結果には陥らない。

この代理戦争はそのタイトルが示す通り、外交の縮図としての物語だ。

 

いざ抗争が始まると、最初に命を落とすのは純粋で血気盛んな若者だ。

そういう意味では渡瀬恒彦の存在は際立っている。ヤクザ世界の華やかさにあこがれて足を踏み入れ、ヤクザ世界の不条理の中で命を落とす。

シリーズ全体を通してみれば分かるが、とにかくこの映画、年寄りがほとんど死なないのだ。

もっと言えば、責任ある立場にいる人間がその責務を果たすこともない。

約束を破り、礼儀を欠き、嘘をつき、相手を陥れ、自分の欲望だけに忠実に振る舞う人間が無傷で生き残る。

それでいいのか?いいはずはない!!

ということから始まる対・山守義雄せん滅作戦。

ヤクザ抗争の緊張感が臨界点を突破したところで、代理戦争は幕を下ろす。

次作はいよいよ最終決戦だ!!

 

【追記】

仁義なき戦いといえば、これだ!!


仁義なき戦い ~ メイン・テーマ (Theme of "Battle without Honor") - YouTube

*1:広島弁になっただけで、まるでアナ対エルザの『仁義なき戦い』だ。