読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

凶悪

凶悪 [DVD]

凶悪 [DVD]

 

2013年最大の問題作。

新潮45で取り上げられた『上申書殺人事件』を元に、死刑囚の告白によって明らかになった”先生”と呼ばれる黒幕と、彼らによって葬られた数々の殺人事件を追うストーリー。

近年(2010年)に園子温監督により埼玉愛犬家連続殺人事件を元にした『冷たい熱帯魚』が公開されるなど、その昔流行った『実録犯罪映画』路線が、いま静かに息を吹き返そうとしている。

これが果たして社会的によい傾向なのか悪い傾向なのかは、問題ではない。

少なくとも、多くの人間が目を逸らすであろう現実に起きた事件を、映画というかたちで描くことが許される(許容される)という意味においては、悪いことではないだろう。清濁が混在するのが現実世界であり、必ずしも明るい希望が存在しないのもまた、この現実なのだ。

 

一面において、この『凶悪』という作品は飛びぬけて恐怖感を与えてくれる映画だ。

それは何も凄惨な死体損壊シーンがある、とか、暴力的だ、とかいうものを理由としない。

行われる殺人、その実行犯である須藤と計画犯である木村が、我々の日常と地続きに 存在するからだ。

例えばホラー映画。

ジェイソンやフレディといったキャラクターは確かに暴力的で残酷だが、我々の日常の中に彼らは存在しない。

だが、『凶悪』は違う。

スーパーマーケット、コインランドリー、レンタルショップ、ゲームセンターや居酒屋……。

我々が日常生活を送る様々な場所に、彼らは存在し得る。

「そんなことはない」というのはまだ知らないからだ。

家族や近所、友人関係以外の人間関係は余りにも希薄だ。

例えばスーパーマーケット。清算のために並んだレジの前と後ろにいた人間を何日先まで思い出せるだろうか?

それが男だったか?女だったか?家族連れだったか?独身だったか?

東北大震災以後、絆であるとか助け合いとか言われているが、実態はその様なものだし、むしろ、こういう希薄さこそが正常だろう。

 

警視庁の公開しているデータによると、平成22年度における行方不明者は80,655人。

そのうち、60~70代の行方不明者は約30%である。

この凶悪におけるハイライトは、何といっても牛場を大量に飲酒でもって殺すシーンだ。多額の借金を背負っていて、肝硬変を患っているにもかかわらず、なかなか死なない彼を、家族が厄介払いと借金の清算のため木村と須藤に殺人を依頼する。

この一連の流れは、昨今言われる高齢化社会の現状をてらし合わせてみると、非常に切実な残酷さがある。

医療費が国家の財政を圧迫する一端に、こういう部分があるのも現実だ。

「こんな年寄りなんて死んでしまえばいいのに!」特に過酷な介護で八方ふさがりになった家族は、間違いなくそう思うだろう。「そんなのは間違っている」という意見もあるだろうが、ならばあなたはそういう状況の家族に無償で献身的に手助けできるだろうか?

こういう描写を見るにつけ思うのは、やはり人間の本質は善ではなく悪なのだなと痛感する。

 

粗暴な須藤もそうだが、木村もまた、なぜここまで残酷になれるのか理解に苦しむ、という向きがあるかもしれない。だが、これが人間の本質的な究極形の悪の姿だと考えると合点がいく。

哲学者ハンナ・アーレントの言葉に、

『究極の悪』とは凡庸な『思考停止』である。

がある。

直情的で卑近な欲望にのみ則した究極の悪が、本作に登場する須藤と木村である。

最近、こういった卑近な欲望について描いた映画に、W・フリードキン監督の『キラー・スナイパー』がある。これもまた虫唾が走るほどに卑近な欲望だけがドロドロと蠢く素晴らしい作品だった。

崇高な悪の美学を持った殺人鬼は現実には存在しない。

むしろ、存在するのは全く逆の、卑近で低俗な殺人者だ。

そして人を殺すための理由も、崇高な理由など必要ない。

もっと言ってしまえば、理由自体が要らないのだ。

人間は、人を殺すときは殺すし、殺そうと思わなくても殺すだろう。

そして、あっという間に人を殺すことに慣れてしまう。

昨今、このような理由なき殺人に類する事件が多発しているが、凶行に理由を求めること自体がナンセンスであることを理解すべきだろう。

なぜなら、人間の本質は悪であり、他者を貶め傷つけようとすることは、人間という矮小な存在の本質的な行為なのだから。

 

何よりこの映画を陰惨な気分にしてくれる最大の要因は、これが現実に発生した事件である、というこの一点に尽きる。

この映画には、どこにも希望がない。

その希望がないことこそ、紛れもない現実の姿だ。

サスペンス映画はキチンとしたカタルシスのある結末に至らなければならないと思っていたが、現実はそうではない。

現実世界のどす黒さを相対的に見せてくれる、とてもとても素晴らしい作品だ。

 

役者陣の面構えも最高だ。

リリー・フランキーピエール瀧山田孝之の三人も素晴らしいのだが、全てをかっさらうのは、ジジ・ぶぅだ。とても50代には見えない彼の風貌や動きはお見事という他ない。加えて、リリーさんとピーエルさんらと親しいと言う事もあってか、酒を飲まされて殺される場面のアゲ感は、まさにクライマックス。

 

なにはともあれ、タイトルの『凶悪』。

一体誰が最も凶悪なのか?ということも一考に値する。

 

【追記】

原作となったノンフィクションがこちら。

凶悪―ある死刑囚の告発―

凶悪―ある死刑囚の告発―