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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

重力の都/中上健次

読書【小説】
重力の都

重力の都

 

夏、特にジメジメした暑い日になると急に中上健次が読みたくなる。

 

最初はこの作家が苦手だった。

生々しいというよりも、ダイレクトな生臭さがどうにも苦手で、文体も何を表現したいのか全く分からず、でも圧倒的な何かがあることだけは理解できた。

で、年齢をそれなりに重ねて、色んな本や作家と巡り合って再び向き合ってみると、驚くほどすんなりその世界に入っていける。

作風的に、一番近いのは車谷長吉だと個人的に思っている。

少なくとも、本作に限って言えば。

特に『赤目四十八瀧心中未遂』の、底辺で蠢く生々しさや粘膜的な生臭さは、どうしても中上健次を連想せずにはいられなかった。

赤目四十八瀧心中未遂

赤目四十八瀧心中未遂

 

この生々しさが、”生きる”という行為に付随する生物的な側面だと考えると、”生きる”という普段は全く意識しない行為そのものの脈動というか、自分を形作る血や肉や骨という生々しい肉体の存在を意識せずにはいられない。まさに”生きている力”という意味での生命力だ。

そういう意味では、最近の作品でここまでのものを感じさせてくれるものはちょっとお目にかかれない気がする。特に、ベストセラーという分野では絶望的。単純に、そういったギラついた生々しさが大衆から求められていないということを示しているのかもしれない。

 

『重力の都』と対照的、というか対極に位置する作品が『食堂かたつむり』だ。

食堂かたつむり (ポプラ文庫)

食堂かたつむり (ポプラ文庫)

 

いいとか悪いとかいった次元を度外視して比較するだに、これほど明確に対照的な作品もないだろう。

『食堂かたつむり』の作品世界は、きれいの一言に尽きる。

ここで言う”きれい”とは”美しい”という意味ではなく、”清潔”とか”滅菌された”という意味での”きれい”。

わずかでも不快感や嫌悪感を感じさせる表現を排除し、直接的な表現や暴力性のともなう表現を取り除き、読み手を優しく温かく心地よく包んでくれる。

それはそれで大いに結構だろうけど、中上健次の小説を読んだ後だと「それで本当にいいの?」と思ってしまう。

 

中上健次の小説は血と精液と粘膜の生臭さに溢れていて、健全という表現からは程遠い。 生々しくて、直接的で、衝動的で、野生めいている。なにより清潔感からはほど遠くて、むっとするような脂臭さや垢まみれの薄汚さを想像する。

そもそも、生きるということ自体がきれいごとでは済まされない行為だ。

嘘もつけば暴力も振るうし、恥も外聞もない行動だってする。人をだましてまで上に立とうとするし、憎い相手を殺そうと思うし、殺したりもする。確かにそれらは社会的に許される行為ではないが、逆に考えれば、この不快なまでに生々しい行動は極めて動物的だ。

ひさしぶりに『重力の都』を読み返してみて、この圧倒的な動物めいた生々しさが非常に新鮮だし、なにより心に突き刺さる。

 

どうも世の中がそうなのか、それを圧倒的な大多数が求めているのかは知らないが、とにかく何事に対しても敏感で過剰で白黒を付けたがる風潮を感じないではいられない。

ちょっとしたことに対して、火がついたように騒ぎ立てて白黒はっきりした結論を付けずにはいられないという、一種の神経過剰。

落語に『目黒の秋刀魚』という有名な噺があるが、今の世の中はまさにソレだ。

徹底的に危険な事や生々しいことを全て排除したものこそが貴くて、わずかでも不純物があれば徹底的に糾弾される。正確さが最も称賛される要素であり、不確定はただ不確定であるという曖昧さだけで非難の的になる。

木を見て森を見ずではないが、そんな重箱の隅に固執する理由が分からない、ということが沢山ある。

ちょっと理解しがたいほど清潔で潔癖で、なおかつヒステリックだ。

人間としての芯の部分が余りにも脆弱になっている気がする。

 

だからこそ、中上健次の小説を読むと非常に救われる。

なんというか神経の図太さというか、生きることの野性味がこれでもかと言わんばかりに感じられるからだ。

何というか、野生の小説家、という感じだ。

彼自身の被差別部落出身という出自や、複雑な家庭環境、下層的な肉体労働体験などなど、自身の体験や血脈が非常に濃い。

そのせいか、野生というギラギラしたものがこの『重力の都』からはありありと感じられる。ワイルド、なんていう生易しいものではない。まさに野生そのもの。

 

こういうギラギラした小説っていうのが、とんと見ない気がするなあ……。 

読むたびにこのギラつき具合に圧倒される。

読後はいわゆる「テメエが強くなったような気がする」から、何となく自分自身の芯が強くなったような気がするぞ。