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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

妻と私/江藤淳

読書【エッセイ】
妻と私

妻と私

 

『成熟と喪失―”母”の崩壊』などで知られる文芸評論家・江藤淳の遺作。

文芸春秋誌上に一挙に掲載された随筆だが、内容を私小説として捉えなおすと、何とも感慨深い。

これはある種、究極の恋愛小説。

普通、恋愛小説というと恋愛の過程を描くものだ。

男女の惚れた腫れたのキャッキャウフフ&別れる・別れないの修羅場などの違いがあるにせよ、だいたいは結婚がゴールになる。これが顕著なのが映画やドラマだ。

だが、この本は違う。

登場するのは既に老境に達した夫婦。

要するに江藤淳と慶子夫人だ。

ある日、病院での検査によって夫人が末期がんの状態であることが江藤に告げられる。医師が言うには、呼吸中枢にある末期がんのため突然死の可能性もある。そして、江藤はある決断を迫られる。

このことを告知するか?という決断である。

江藤は「告知しない」という答えを選択した。

加えて彼が言うのは「生存の可能性がないのなら、できるだけ苦痛が少ない対処療法を行ってください。安らかに死を迎えさせてやりたいのです」

 

読み進めるのがキツい本なのは確かだ。

告知しない、という選択をしたからこそ、夫人は自分が末期がんであることを知らない。でも、体は徐々に変調をきたしていく。

そのことを心配するのだが、心配すればするほど夫人から不信の目を向けられる。

あやうく、顔所が彼女が末期がんにあることを言いそうになってしまい、ぐっとこらえるところなどは、読んでいて本当に息が詰まる。

41年間連れ添った夫婦だからこそなのか、愛情を越えた何かがこの二人にはあるような気がしてならない。

同時に思うのが、これが江藤夫妻だけに限ったものであるのか、それとも世の中の夫婦という集団に程度の差はあれ等しく備わっているものなのか、という疑問だ。

こればかりは確かめようがないし、確かめたからといってどうなるものでもない。

 

とにかくこの本はとてもとてもヘビーな本だ。

ライトノベルというジャンルがあるのなら、これはその真逆にあるヘヴィノベル。

文章自体の分量は全く大したことがない。読む気になれば1時間もあれば読了できるだろう。でもとにかく重い。心にずっしりとのしかかってくる。

この本から連想されるのは、ミヒャエル・ハネケ監督の『愛、アムール』。


愛、アムール 町山智浩 - YouTube


宇多丸が映画『愛、アムール』を語る - YouTube

 

とにかくこの本、非常に打ちのめされる。

読みながら「愛とは?結婚とは?人生とは?生きるとは?」ということをぐるぐると考えてしまう。

 

たら、れば、で語ること自体が無意味なことは重々承知だが、江藤夫妻に子供がいたら何か変わったのだろうか?ということも考えてしまう。

既に周知のことだから書いておくが、1998年11月7日に慶子夫人が死去。そして翌99年7月21日に江藤は手首を切り自殺。婦人を失ってから気力を失い、自身を「形骸」とした遺書も話題となった。

そういう最後を知っているからこそ、この『妻と私』という本はラストにいけばいくほど胸を締め付けられる。

もし、彼らの間に子供や孫がいたのなら、果たして江藤は自殺しなかったのだろうか?41年間という時間を一緒に過ごしたからこその結末だとしたら、それは悲しいような気もするし、一方で婦人への愛に殉じた美談のようにも思える。

このあたりをどう判断するか?は明確な答えはないし、もしかしたら答え自体がないのかもしれない。

こういう現実の出来事としてのヘヴィな側面があるので、どうしても事実が書かれた随筆ではなく、フィクションである小説として捉えなおしてしまう。

赤の他人の話ではあるが、個人的に余りにも救いがないような気がしてしまって、心のキャパシティが追い付かなくなる瞬間が多々あるからだ。

好きな人とずっと一緒に入れたらいいな、というのは確かに結婚というのの一側面だろうし、それが理由の大きな部分を占めることを否定しない。むしろ、それが普通だろう。

でも、そのずっと一緒にいたい相手との別れは必ず来る。

もしかしたらそれは離婚というかたちかも知れないし、本作のように死別かもしれない。

いずれにせよ、その別れの瞬間、自分は何ができるのか?

文学や映画は人生の予行演習だ、という言葉があるけれど、本作はまさにそれを突き付けてくれる。

 

何の気なしに積ん読消化に乗り出して手にした本だったが、読後に凄まじく暗鬱な気持ちになった。落ち込むというよりは、色々な事について考えさせられた結果としての暗鬱な気持ちだ。

嫌な気分ではないのだけれど、心にずしっとのしかかる。

もし自分ならどうか?とついつい問いかけてしまう。

自分が看取る立場だったら?

自分が看取られる立場だったら?

う~ん、すげえ重たいぞ。

 

いい本なのは間違いない。だが、もう一回読むか?と聞かれれば答えはNO。

重たすぎる。再読するにしても、もうちょっと間を置きたい。

なにより、ちょいちょい読みたくなるような類の本でないことだけは確かだ。

でも、どんな恋愛小説よりも深々と心に突き刺さる。