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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

「そば処・山形」うまい店295選/ぐるうぷ場 相澤事務所編

「そば処・山形」うまい店295選

「そば処・山形」うまい店295選

 

仕事柄、こういう観光ガイドを読んで知識を深めなければならない。

勉強のつもりで、何気なく読んだんだけど……。

 

オイオイ、ヤバいぞこの本 (((((( ;゚Д゚))))))

 

タイトルから「山形県のおそば屋さんガイド」だと思っているのなら大間違いだ。

トンデモ本の中のトンデモ本。常軌を逸した、読者不在のトチ狂った本だ。

 

最初に言っておくと、この本は観光ガイドとしては最底辺以下。

そもそも、ガイドの体を成していない。

”豊富な情報 詳細な絵図”などという文言が表示に印刷されているが、モノクロの店の写真と簡略な地図、そしておざなりな紹介分が並ぶだけの代物を、はたして観光ガイドと呼んでいいものだろうか?

ちなみに、飯豊町にある「吾合庵」に至っては、文章記号を含めてたった32文字の紹介文。フォントをデカくすることで記事の体を成している、と編集者は判断したのだろう。っていうか、これでOKサインを出した編集長の判断はあり得ないとしか言いようがない。なにより理解に苦しむし、店側が記事の掲載に関して露骨に嫌がっているようにしか思えず、ますますもってこの本の存在価値を後退させている。

小学生の社会科の授業で作る『地域のお店屋さんの紹介冊子』のほうがはるかにクオリティが高い、ということは断言しておこう。少なくとも、対象となるお店への敬意が感じられる、という点において。

とにかく、本書には掲載店に対する敬意というものが全く感じられないのだ。

そもそも、完全なモノクロページなので何度読んでも全く気分が高揚しない。

ページの見た目が余りにも地味。

加えて、本当に取材したのか?と勘繰りたくなるほどに空疎でおざなりな紹介文が加味されることによって――こんなことは書きたくないのだが、掲載されている店に行きたくない、という感情が芽生えてしまう。

本書を手に取ってみれば分かるのだが、とにかく掲載店に魅力を感じないのだ。

実際のお店は少なくとも、この本にあるよりは数万倍も魅力的だろう。

しかし、そうやって実際の魅力を検証しようという気分さえ押し潰してしまうくらいの逆行した何かがこの本には充満している。

 

その原因が、巻末に長々と収録されたあとがきだ。

ハッキリ言ってこのあとがきが、筆者と本書に関わった編集者が読者という存在を全く想定していないことを如実に表している。

具体的に何が書いてあるのかというと、本書を編集した相澤嘉久治氏の戦いのてんまつだ。

相澤嘉久治氏といえば、山形県天皇と言われた山形新聞グループのドン服部敬雄と戦った人物として知られていて、結果として山新グループににらまれ、発表した文章を全て潰された(※彼曰く不当な言論弾圧)経緯がある。

相澤氏の戦いによって、民放テレビ局が2局増え、マックが進出し、ローソンをはじめとした大手のコンビニも山形にやってくることになり開放的な風土になった……と言っておこう。

個人的に、これらの誘致に関して相澤氏が具合的に動いたわけでもないだろうに、と鼻白らずにはいられないが、まあ言うのはタダだしね。

ただ、ここで問題なのは相澤氏の中で未だにこの戦いが続いていることだ。

あとがきをぜひご一読していただきたいが、山形新聞社の上層部に対して「服部体制のときのアノ人がなぜまだ在籍しているのか!誠意のある回答を見せろ!そして今すぐ彼を外せ!」と粘着する様を自身の筆致でヒロイックに書いているが、普通そういう人物はクレイマーと呼ばれんじゃないかな?

第一、他社の経営や人事に赤の他人が口を出す構図をおかしいと思わないんだろうか?

 

作中で「オレの文章が未だに日の目を見ないのは服部敬雄の散り巻きたちが妨害している所為だ」という旨の文言がチラホラ見られるが、正直この本を構成している文章のレベル&志を鑑みるに、まあ日の目を見ねえだろうな。

 

独善的で自己中心的。

全てが自分の思った通りに行かないと癇癪をおこし、大泣きして駄々をこねる幼児のメンタリティなのだ。この人は。

その最たるものは、本書を改定するに当たり1件のそば屋を外したこと。

完全にこれはイジメであるし、それ以前に、その経緯を記述することの意味が分からない。少なくとも、その人物が服部家と縁戚関係になったことは相澤氏にとっては重大な裏切り行為なのだろうが、それはそれ。

なにそば屋ガイドに鼻息荒く書いてんだよ!!

この相澤嘉久治という耐用年数と人望とが欠乏した往年の革命闘士に対して、オイラはある映画をお勧めしたい。

それは『パピヨン』だ。


町山智浩の映画塾!「パピヨン」<予習編> 【WOWOW】#137 - YouTube


町山智浩の映画塾!「パピヨン」<復習編> 【WOWOW】#137 - YouTube

味方だと思った人間がある一線において裏切った場合、少なくともそれが関係しない場についてはオブラートに包んでおくのが大人の礼儀というものだろう。

その人物と相澤氏の間にどれくらいの溝が生じたのかは知らないが、少なくとも、この本に掲載されているお店の情報を元にそば屋に行こうとする読者にとって、そんな情報は全く無価値であるからだ。

掲載しないなら最初から掲載しないだけで、丸く収まる。

少なくとも(文章から察するに)一時は蜜月の関係であったかつての同志との決別であるからこそ、それなりにドライに対応すべきだろう。

そういうのが敬意であり、人間としての器という部分だ。

 

つまり、相澤氏にはそれがないということだ。

 

この本の主体となるのは蛇足で不要な怨念がどろどろのあとがき部分であって、肝心の店舗情報などどうでもいいと筆者は思っているのだろう。

加えて言うなら、掲載されている店舗情報に冷めたものを感じるのは、相澤氏が「オレの本に載せてやる。断ったらどうなるかわかってんだろうな?」という圧力のもとで店舗からの掲載許可を取り付けたであろうことが垣間見えるからだ。

ヤクザのみかじめ料の徴収と同じじゃねえか。

 

もはやこの本はガイドブックとしての体を成していない。

 

世の中にはヒドイ本が沢山あるが、本書は目の覚めるようなヒドさ加減だ。

忌むべき巨悪と戦っていた人間が、気付けばその打倒されるべき巨悪に変質しているというのはよくある話だが、実際にそれを目の当たりにするとこうも滑稽に見えるのだろうか、と呆れを通り越して感心する。

 

まったく、”老害”という言葉がこれほど似合う人もちょっと思いつかないね。

”老兵死なず、ただ消え去るのみ”と言ったのはダグラス・マッカーサーだが、決別の美学のようなセンスはまったくないんだな、この人。

 

こういう人間にはなりたくないと心底思いました。