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眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

桜の森の満開の下/坂口安吾

読書【小説】
桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)

桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)

 

無頼派作家、坂口安吾の代表作のひとつ。

標題が示す通り、桜咲く季節になると読みたくなる小説です。

 

この本と、”桜の木の下には死体が埋まっている”というフレーズで有名な、梶井基次郎の『Kの昇天』は、桜の季節に読むべき小説だと思います!!(断言)

あと、”桜の木の下には死体が埋まっている”について、「誰だっけ?安部公房?」という文学好きにしか分からないジョークが登場する楠本まき先生の『KISSxxx』もオススメです。

KISSxxxx 1 (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫 く 23-1)

KISSxxxx 1 (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫 く 23-1)

 

 

で。

 

この小説、すごく乾いていて冷たい。そしてものすごく静か。

堕落論』で紹介される、戦後無頼派で男臭い坂口安吾のイメージとは全く逆。

とても異質な、でもそれでいてしっかりアンゴ印という。

この辺りが何度も何度も読み返してみたくなるトコロ。

冷静に考えてみると、ほとんどホラー小説のような描写も登場しますが、でも乾いていて冷たい文章の手触りが、逆にそういう描写を自然に読ませてくれます。

 

時代的には、平安時代の初期あたりかな?

手塚治虫の『火の鳥 黎明編』を連想してしまいます。

火の鳥 1・黎明編

火の鳥 1・黎明編

 

 

洗練された都会にあこがれては見たものの、実際に都会に暮らしてその空気に慣れてしまうと襲ってくる倦怠と退屈。元の場所が一番だ、という簡単な結論ではなくて、”人はそれぞれ生きる場所が違う”というところを暗に示してみせるのが、この小説のキモなのではないかと思います。

特に社会や生活への倦怠は、リラダンの戯曲『アクセル』に登場するこのセリフ、

"Vivre? les serviteurs feront cela pour nous"

(「生活? そんなことは召使どもに任せておけ」)

とも通ずるような気が。

穿った読み方ですが、すべてにおいて退屈し切って何の楽しみも見いだせなくなる主人公の姿が、社会の中で疲れ切ってうつ状態にある人の姿と重なるような気もします。

だからこそ後半で、「そうだ山に帰ろう。都会を捨てて山に帰るんだ」という単純明快なひらめきによって目の前の退屈が開けていく、というのが際立ちます。

 

なんとなくですが、小説そのもののストーリーラインが、坂口安吾という作り手の人生と重なるような気がして、お話そのものの美しさや静かさとは乖離した、熱さや苛立ちみたいなものが垣間見えてくるような気も。

実際、坂口安吾は名門の旧家の生まれ。父親は衆議院議員で、長兄は新潟新聞やラジオ新潟の社長を歴任。母親も大地主の娘、といういわば超エリート。

そんな家系に生まれながら、学校では落ちこぼれ。そのため、家族からはほとんど見捨てられた状態で、特に母親の愛情に飢えた少年時代を過ごしていたのは有名な話。

そういう作者自身のバックグラウンドが、この小説での”都会になじめない”という部分の、奇妙なリアルさというか共感を生じさせているような気がします。

 

ともあれ、この小説は長いお話ではないので、スラスラ読めます。

スラスラ読めるけど、圧倒的なあのラストは本当にため息もの。

桜の季節は過ぎてしまったけど、桜の花びらが舞う中で読んでみるともっと面白いかもしれません。