読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

風流夢譚/深沢七郎

読書【小説】

ちょっと毛色の変わった作品をば。

『風流夢譚』という小説は作者の深沢七郎さんの全集にも収録されていませんし、本として発売されることもないでしょう。

でも、読むことが出来ない小説ではない、というのが今の社会の良いところ。

ネットばんざいですね。(全文はコチラから)

 

今回取り上げるのは、そんな小説でございます。

 

既に全文のリンクを貼ったのでざっと読んだ人もいるかと思いますが、そりゃ問題になるでしょ、っていう内容。

ただ、眼鏡堂はそれに対して「けしからん!!」とは思いません。

むしろ逆に、「ホントにバカばっか」です。

だいたい、タイトルにある『夢譚』は”夢の話”であり、作品全体の支離滅裂な展開は完全に夢のそれ。確かに、昭和天皇一家の首切りシーンというどうにもアレな場面が出ては来るにせよ、そこに思想的ななにかは皆無。

にもかかわらず、この場面が非常に大きな問題となりました。

 

本作が発表されたのは1960年。ちょうど安保闘争が華やかな時代で、戦前の右翼的な価値観と、戦後の左翼的な価値観とが激しく対立していた頃。

そんな右も左も徹底的にカリカチュアしたうえで、コケにして見せたのがこの小説であり、作者の深沢七郎

作者の深沢さんは、『楢山節考』で中央公論新人賞を受賞してデビュー。*1その後、幾つかの小説を発表した後、発表されたのが本作。
当初は中央公論の編集部も内容が内容なので、色々と悩んでいたところに三島由紀夫が後ろ盾になり、*2掲載が決定。

1960年の中央公論12月号に掲載されたのですが……。

 

最初にも書いたかと思いますが、深刻な問題を引き起こしました。

まず、掲載元である中央公論には右翼団体から殺害予告をほのめかすような脅迫電話が相次ぎ、作者の深沢七郎だけでなく後ろ盾となった三島由紀夫にも警察が24時間体制での警護がつくように。

加えて、内容が天皇家を侮辱する内容である、として宮内庁中央公論に対して民事訴訟を検討するなど、さまざまな問題を引き起こしました。

なかでも最大の事件が、いわゆる嶋中事件。

右翼少年が中央公論の当時の編集長である嶋中鵬二宅に侵入、家政婦を殺害、夫人に重傷を負わせるという事態に。これを受けて、内容はともかく、一貫して”言論の自由を守る”というスタンスをとっていた中央公論は方針を転換。

別の右翼団体を仲介して事件を水面下で示談し、方針を大きく転換することに。

これは文壇や論壇に非常に大きな衝撃を与えました。

その後、深沢七郎はテレビで謝罪会見を行い、右翼から身を隠すために各地を放浪、数年にわたって沈黙を余儀なくされると同時に、文壇の中央からドロップアウトしてしまうことに。

 

今になってこの一連の流れを振り返ってみると意外なのが、やっぱり三島由紀夫

バリバリの右翼作家になりつつあった頃で、風流夢譚が掲載された中央公論の翌月号に掲載されたのが、彼の短編『憂国』。

天皇制に対するスタンスが真逆にあるにもかかわらず、いっさい批判しなかったのは多分、三島自身も風流夢譚がたんなるブラックユーモア小説であってめくじらをたてるほどのものではない、と思ってたからじゃないかと思います。

そんな三島も、7年後の67年に切腹&首切りになるわけで……。

 

この一件によって天皇制に対する批判は(なにがどうあろうと)許されない体制がほぼ完成して、現在に至ります。

個人的な考えですけど、こういうふうにある特定の分野に対して批判を許さない絶対的な神格化というのは、逆に不健全な気がします。

かつて、坂口安吾は著書『堕落論』の中で、”一切の批判が許されない天皇制は甚だ不健全である”という趣旨の持論を述べています。安吾のこの持論が正しいかどうかはこのさいおいておくことにして、一切の批判を受け付けないというのはやっぱりどこかおかしいと思います。別にそれは天皇制をなくせ、というのではなくて、意見や考えというものを受け入れないという意思表示にも見えるからです。

あわせて、この小説を不謹慎と怒る人もいるかと思いますが、本当に不謹慎でしょうか? 「しょうがねえな……」と軽く苦笑いしてそこで終わり、というくらいの軽い作品でしかないのに。

この当時の(今もそうですが)ギスギスした閉塞感が、一連の事件の数々から慮れます。

 

天皇制、というものに対して疑問を呈する事さえ許されないのが、今の世の中。

本、として発表されることはないでしょうが、いつまでもネットの海の中に存在し続けてほしい小説です。

 

【追記】

本作と同じように、書籍化されていない小説が、大江健三郎の『政治少年死す―セヴンティーン第二部』。浅沼稲次郎殺人事件の犯人、山口二矢をモデルにしたこの小説もまた、単行本には未収録。

政治少年死す

 

*1:この時の選考委員は伊藤整武田泰淳三島由紀夫の3人。この三人が満場一致&激賞を受けて受賞。伊藤・武田・三島の3名の満場一致による受賞は深沢七郎色川武大の2人のみ。

*2:後年、三島はこの件を否定した。