眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

安徳天皇漂海記/宇月原晴明

 

安徳天皇漂海記 (中公文庫)

安徳天皇漂海記 (中公文庫)

 

今回取り上げるのは、皆さんお楽しみ!

宇月原晴明さんの『安徳天皇漂海記』です!

 

この本は眼鏡堂にとって心の一冊で、折につけ何度も読み返したくなる作品であると同時に、ただパラパラと頁をめくるというよりは、とにかく読むことに、作品を味わうことに集中して、物語の中に耽溺したいと強く思わせてくれる作品です。

んでもって、読後はただただため息がもれます。

 

本作は二部構成になっていて、

第一部:源実朝に仕えた老人を語り部に、幽閉中の江ノ島で神器・真床追衾に包まれ、天叢雲剣を携えた安徳天皇を天竺丸の秘術で成仏させようとするまでの経緯。

第二部:実朝の死後、海を渡って南宋へとたどり着いた安徳天皇の魂と、南宋最後の皇帝祥興帝との楽しくも悲しいふれあい、そして南宋滅亡の最後の戦いである崖山の戦いをマルコ・ポーロの視点で描く。

 

ジャンルとしては歴史的事実に忠実に従っているわけではないので、広義の意味での時代小説ということになるのかも。

とはいえ、この時代小説というくくりもなんだか収まりが悪くて、いっそアジアン・ファンタジーと思った方がいいのかも。あるいは国枝史郎とかに代表される伝奇小説とか。

それはいいとして。

 

とにかく、この小説、文章の研ぎ澄まされ方がすさまじい。

これまでの宇月原作品の特徴だった総ルビ、ラテン語やイタリア語、古語表現などが入り乱れた小栗虫太郎のような熱っぽくて濃密なナルシズムはぐっと影を潜め、一文一文がぐっと凝縮されて、まるで墨絵のような静謐で無駄をそぎ落とした美しい文章になっています。特に第一部は鎌倉が舞台になっていて、鴨長明の『方丈記』であったり『平家物語』、『金槐和歌集』、『新古今和歌集』などが引用されるので、作品の雰囲気をさらに盛り上げてくれます。

更に第二部になると、あらすじに書いたように、安徳天皇と祥興帝の交流が描かれるのですが、天皇と皇帝との交流が二人の男の子の交流へと変化していくのがウルウルです。伝奇小説とはいえ、厳然たる歴史的事実は動かしようがないのでネタバレにはならないと思いますが、安徳天皇壇ノ浦の戦いで入水、対する祥興帝も崖山の戦いで入水という共通点があるため、元軍の徹底的な攻撃が開始されると同時にその悲劇が分かっているだけに、胸に迫ってくるものがあります。

この戦いがより悲劇として感じられるのは、崖山の戦いが単純な元軍(モンゴル軍)と南宋軍との戦いではなく、元軍側の主力がモンゴル軍ではなく降伏してきた南宋の水軍。ついこの間まで味方であった者同士が戦わなければならないという悲劇。

特に南宋の最後の最後、もはやこれまでとなったときの光景で壇ノ浦の戦いがフラッシュバックしてきます。

 

とにかくこの小説、第一部と第二部がどう繋がって、新たにどんな世界が生まれるのか?という小説の構造がお見事の一言。それ以前の宇月原作品も、発想の着眼点の意外性にただただ驚くばかりだったけれども、本作は別格。……ただ、この作品構造が直木賞にノミネートされたときは当時の選考委員にはまったく理解いただけなかったようで(遠い目)。*1

 

巻末に記された影響を受けた作品、小林秀雄『実朝』、太宰治『右大臣実朝』、花田清輝『小説平家』、澁澤龍彦『高丘親王航海記』のほかにも、イタロ・カルヴィーノ見えない都市』、澁澤龍彦うつろ舟』『眠り姫』といった作品が目配せするかのようにチラホラと見え隠れ。こういう発見があるのも読み手としてはうれしい限り。

 

正直、鎌倉時代(源三代)は得意分野ではないので、歴史的な経緯や出来事をネットで調べながら読んだのですが、この次に何が歴史的事実として起こるのか?ということが分かってもなお、一切面白さが損なわれません。

むしろ、次に何が起こるかわかればこそ、一部も二部も物語が際立ってくるのです。

たしかに、言われてみれば登場人物に血の通った感がないような気もするけれど、そもそもがそれを求める作品ではないと言ってしまえばそれまで。

眼鏡堂は藤沢周平とか池波正太郎あたりのいわゆる人情時代劇って苦手だし嫌いだからなあ……。このくらい無機的な熱っぽさが逆に心地よいのです。

 

有名な一説「祇園精舎の鐘の声……」で始まる平家物語モンゴル語で翻訳することでの読み替えと新たなる解釈が、第一部と第二部とをつなぐ重要なブリッジになっていて、なおかつそれが物語の中心を貫く基幹になっています。

多少は古典の知識があった方がより楽しめるような気がしますが、「古典はちょっとニガテ」という人も作中で書き下しと意味についての言及があるので心配無用。むしろ苦手であればこそ、余計な先入観がなくてよいと思います。そして最後の最後は日本神話にたどり着くので、こういうのも読了後に改めて読んでみようという気になってきます。

 

唯一つ残念なのは、あまりにも完成度が高くて好きな人が限られるからか、文庫化された現在も書店で見かけることが少ないし、古本屋にも並ばないという。

それだけ好きな人は熱烈に好きになる作品。装丁もここ最近では抜群に気合が入っています。

久しぶりに頭から読み返してみたけど、やっぱ圧巻。

宇月原先生はもっと執筆のペースを上げてほしい。最新の『かがやく月の宮』から何年経ったやら……。

 

*1:第139回直木賞選評より 井上ひさし「いい作品ではあるが、この有名人のつるべ打ちは、物語の破天荒な進行をかえって小さくしたように思われる。」阿刀田高「いくつもの資料を精査し、とてもないイマジネーションをくり広げ、――やるもんだなあ――と感嘆したけれど、小説としての感動が乏しかった。」北方謙三「なにゆえ人の繋がりをここまで拡げてしまうのだろうと、読んでいる間、私は首を傾げ続けていた。」渡辺淳一「構成が目を惹くが、それ自体、文学とはなんの関係もない、資料をもてあそんだ面白さにすぎない。これが山本周五郎賞を受けた理由もわからない」