眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

異常快楽殺人/平山夢明

異常快楽殺人 (角川ホラー文庫)

異常快楽殺人 (角川ホラー文庫)

 

ホラー小説家・平山夢明さんによるノンフィクション。

エドワード・ゲインを筆頭に、アルバート・フィッシュ、アンドレイ・チカチーロ、ジョン・ウェイン・ゲーシー、ジェフリー・ダーマーなどの連続猟奇殺人鬼について、生い立ちと凶行、その最後について書かれています。

季節柄、梅雨時のジメジメ感で気が滅入っている向きもあろうかと思いますが、それをさらにブーストさせる非常にイヤ~な感触が余すことなく堪能できる本です。

 

正直なところ、出てくる連続殺人鬼の顔触れは新鮮味がありません。

というのも本作に登場する彼らは、例えば『悪魔のいけにえ』であったり、『羊たちの沈黙』『IT』などでキャラクター造形の核として用いられており、今やそれらはホラー映画であるにも関わらず、一種のクラシックの域に達しています。

さらに加えるのなら、連続殺人鬼の快楽殺人、というものが読み手である我々にとって衝撃を与えるもの、あるいは(負の意味で)新鮮味を以て対するもの、というものではなくなったからではないでしょうか?

「かつての殺人鬼には美学があった」というのは、脚本家・ケヴィン・ウィリアムソン*1ですが、現実世界の殺人事件の異様さやグロテスクさは、ホラー映画のそれとは比較になりません。ましてや、それが映画という作り物ではなく現実という我々の地続きにある出来事である、ということが余計に重くて暗い気持ちにさせるのです。

 

そこで、本書『異常快楽殺人』。

この本に収められている目を覆わんばかりのエピソードは、まぎれもなく現実に起こった出来事。その犯人の生い立ちも併せて描かれるため、読んでいて思うのは「これを回避しうる選択肢はなかったのか?」

多くの犯人たちの家庭は崩壊しているか、虐待に溢れているか、あるいは逆に過剰に潔癖すぎる愛情という名の檻に囲まれているか。

そのため、安易に”生まれつきの殺人鬼”と考えることはできません。だからといって”こういう家庭環境なら殺人鬼になっても仕方ない”と断定もできないのですが。

いずれにせよ、人間として超えてはならない一線を(本人の望むと望まざるとにかかわらず)超えてしまってからの、歯止めの利かない暴走はどの殺人鬼にも共通することですが、凶行の犠牲となるのが女性や少女や子供、貧者、障碍者という弱者であるだけに余計に直視に堪えません。*2彼らの陰惨で異常で残虐な行為も、それが日常の一部として確立するとともに、その行動に対する感覚がマヒするにつれ、人を殺すという行動に快楽が加わってさらにエスカレートしていきます。

いみじくもアドルフ・アイヒマンというごくごく平凡な男がそうであったように、私たちの中にも気づかないだけで、あるいは見えないだけで、彼らと同じ凶悪の萌芽が潜んでいるのだ、と考えると、いついかなる瞬間に私たちも彼らと同じ彼岸に足を踏み入れてしまわないとも限りません。

それを意識するかしないかは人によるとはいえ、いずれにせよ、そういった考え方も本書を読んでいてより陰惨な気分にさせる大きな要因なのではないでしょうか。

最後に、本書においてもっとも強烈な一文は、著者によるあとがきの末文。

猟奇殺人犯は、見たことも聞いたこともないような状況を造りだすが、彼らの外見はいつでも、あなたの隣にいるごくごく平凡な他人と同じなのです。

以上、おわり。

*1:脚本家。映画『スクリーム』シリーズの脚本を手掛けたことで知られる。

*2:こういった凶行の犯人は、おしなべて”心神喪失”や”知的障害”などを理由とした弁護が行われるのですが、それにしたところで冷静に自分より弱く、確実に仕留められる”獲物”を選定しているのは、どう考えても心神喪失者や知的障碍者の行うそれではないように感じられます。