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積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

悲運の映画人列伝~あの映画人は今~/映画秘宝編集部・編

悲運の映画人列伝 ~あの映画人は今 (映画秘宝COLLECTION)

悲運の映画人列伝 ~あの映画人は今 (映画秘宝COLLECTION)

 

雑誌『映画秘宝』によるムック本。

映画業界が最も華やかで喧騒にあふれていた80年代を 、青春スターや映画監督、映画プロデューサーの栄枯盛衰から再考する、という内容。しかも、取り上げられている人物も50人以上と結構なボリューム。

 

音楽にせよファッションにせよ、80年代という10年間は特異な時代だったんだなあ、と改めて感じたところです。まさに、狂乱の時代、というに相応しいというか。

それは映画も例外ではなく、すべてがすべてではないにせよ、とにかく派手で、ゴージャスで、パワフル。不必要に世界中が元気な時代だったんだなあ……(遠い目)

その狂乱と喧騒に飲み込まれた青春スターたちの末路、そして、その狂乱と喧騒の中で虎視眈々と次代のスターの座を狙っていた90年代以降のスターたち。その対比が歴史上何度も繰り返されてきたこととはいえ、味わい深いとともに考えさせられるものが多々あります。

 

この時代の狂乱に飲み込まれて自分を見失ったスターたちのなんと多いことか。

例えば、チャーリー・シーン、ロバート・ダウニーJr。

彼らが酒に女に薬におぼれてベロベロになっているのを横目に、着々とキャリアを重ね、90年代以降長期に渡ってキャリアを盤石のものにした、ブラッド・ピットジョニー・デップトム・クルーズキアヌ・リーブス

これもまた、繰り返されるものであることは知りつつ、なかなかこの今現在のスターたちを脅かす若手がいないという現実が、あの80年代をいかに彼らが反面教師としていたのかが垣間見えます。

とはいえ、ボロボロの状態ですべてに見放されたと思われたロバート・ダウニーJrが奇跡の復活を遂げたことを考えると、捨てる神あれば拾う神あり、ということわざが思い出されます。

 

全部が全部そうだといわないにせよ、女優にせよ男優にせよ、どうにも軽薄で中身の薄い感じがする、というのが眼鏡堂のこの時代に対する印象です。

70年代が苦悩と暗鬱なら、80年代はその反動から発生した文化。

社会や政治の暗さや重さを直視したくない、という無意識の願望がそういったファミリー向け超大作や現実感に乏しいきらびやかなスターたちの存在につながったのではないでしょうか。

あわせて、かつての栄光再びとばかりに復活が望まれた映画監督たち、例えば『ロッキー』のジョン・G・アヴィルドセン、『ダイハード』のジョン・マクティアナン、『フラッシュ・ダンス』のエイドリアン・ライン

彼らは総じていまだに復活の機会を与えられないまま、エイドリアン・ラインを除いた2人は亡くなってしまいました。映画には流行り廃りというものがあるので、いったんそっぽを向かれてしまうと俳優以上にシビアな現実を突きつけられることになります。

今現在、そういう憂き目にあっているのが、『スーサイド・スクワッド』のメガホンをとったデヴィッド・エアー、『ガーディアンス・オブ・ギャラクシ-』シリーズのジェームズ・ガン。前者は自身と作風に合わない作品の監督に抜擢されてしまいキャリアを不意にし、後者はせっかく復活したのに過去の言動がもとでシリーズをクビになるという……。ある意味、時代は80年代よりももっと厳しくなっているのかもしれません。

 

栄枯盛衰はいつの時代も現在進行形。

それを改めて感じさせてくれる一冊ですが、個人的に不満が一つ。

アジアが少ないんですよ。それもユン・ピョウひとり。

例えば、『愛と復讐の挽歌』シリーズのテイラー・ウォン監督とかなにしてんだろ?

ともあれ、最近『太平輪』『マンハント』と立て続けに大コケさせて崖っぷちのジョン・ウー監督、あれだけ多作だったにもかかわらずここ2年沈黙し続けるジョニー・トー監督の不気味さとか、この業界はまだまだ目が離せないな、と思ったところです。

内容的に、どっちかというと映画秘宝的なボンクラ要素は薄め。とはいえスタローンを筆頭にした筋肉アクション映画の衰退と復活の物語があるので、それはそれで楽しめます。以上、おわり。

 

追記

今回引用した作品群はコチラ。

ロッキー (吹替版)

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ダイ・ハード (字幕版)
 
愛と復讐の挽歌 [DVD]

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