眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

秘文字/泡坂妻夫・中井英夫・日影丈吉

秘文字 (1979年)

秘文字 (1979年)

 

さて。

今回取り上げるのは 、皆さんお楽しみ!!

古書ヲタ&ミステリヲタなら絶対知ってる奇書中の奇書!

泡坂妻夫中井英夫日影丈吉による競作短編集『秘文字』です!

 

知ってる人は知ってるけれど、知らない人はこのトンデもない本の存在すら知らないという……。それはあまりにも勿体ない!というわけで取り上げた次第。

おさめられている作品は、

かげろう飛車/泡坂妻夫

薔薇への遺言/中井英夫

こわいはずだよ狐が通る/日影丈吉

 

それぞれの作品の内容を説明する、などというのは正直この本にとって野暮も極まりないので、実際に見てもらったほうがいい。

では、ご覧ください。

 

『かげろう飛車』

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『薔薇への遺言』

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『こわいはずだよ狐が通る』

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見てすぐわかるように、ストーリー以前にこの本、まったく文章が読めません。

だって、全部暗号で書いてあるんだもの(←コレ重要)

 

 経緯としては、「全編暗号で書かれた小説があって、読者が出版社に解答を送ると、正解の本が送られてくるって面白くね?」みたいなある種の一発ネタが発端。

でも、この一発ネタを出版に至らしめたのが、今は亡き社会思想社というのがミソ。

古本ヲタ&ミステリヲタには釈迦に説法だろうけど、社会思想社といえば、小栗虫太郎橘外男夢野久作久生十蘭香山滋といった異色の作家たちの作品を出版していたことで有名。具体的に言うと、黒と青が暗鬱に渦巻く空に虹がかかる表紙が有名な『黒死館殺人』を出してたところですね。他にも、牧逸馬谷譲次の小説を出してたり、と他の出版社に比べて非常にとんがった出版社。そんな出版社が暗号小説を出そうっていうんだから、そんじょそこらの作家に依頼するはずもなく。

白羽の矢が立てられたのは、泡坂妻夫中井英夫日影丈吉の3人。

ちなみに、日影先生はこの社会思想社から作品集を出版されています。そして、過去、暗号小説を書いたことのある泡坂先生、そして学徒動員時に陸軍参謀本部で暗号通信分の解読・作成に従事していた経歴を持つ中井先生とが選ばれ、執筆が打診され快諾へと至ります。

一応、補足しておくと、暗号自体は長田順行さんの監修のもとに暗号化されており、3人の作家が暗号を考えたわけではないのであしからず。ただ、暗号化が前提、ということを泡坂・中井・日影という名手たちが見逃すはずもなく、暗号と作品との間にきっちりトラップを仕掛けてくるという恐るべき有様。ちょっとこりゃ、今の出版社じゃ考えられないし、やれないぞ、きっと。

 

とにかく、出版社と読者の間でこういう挑戦的な遊びが知的遊戯として許容されていた時代の産物。読書メーターで本書に挑戦した人の感想に「読んだというより解読した」とあったけど、まさにそれ。

暗号解読と小説を読む、のほかに、眼鏡堂としては見逃せないのは、解答例にあった暗号の解き方の部分。様々ある暗号様式の中から正解となる様式を導き出すための証明図式が興味深い。でたらめにみえる文字の羅列からどうやって導き出すか?

一番簡単と思えるのが中井先生の『薔薇への遺言』。でたらめに並ぶ文字の中から明らかに単語が組める部分から、どんな様式が用いられているのかを探るくだりは、完全に数学の証明問題そのもの。また日影先生の『こわいはずだよ狐が通る』では、アルファベットが大文字小文字イタリック体の3種があり、その分布数から、漢字・ひらがな・カタカナであると推測していくのはもはや名探偵の推理のよう。

 正直、3先生の作品よりもこの解読作業の前段部分が圧巻。同時に思うのは、かつてはこういった出版社からの挑戦を受けて立ち、良くも悪くも寝食を忘れてのめりこむ読者が現実に存在したのだ、ということ。暗号解読に正解したからといって、もらえるのは3作家の色紙だけ。明らかに釣り合っているとはいいがたい気がする。ま、貴重は貴重だろうけど。

今こんな本を出版しようものなら、「読めないものを出版するな!」「解けない人間への差別だ!」とかトンチンカンな理屈で炎上しそう。今の本って、文芸というよりはエンタメで、軽くて薄くてすぐ読めてすぐ役に立つものばかり。そんな内容の薄っぺらいベストセラー作家や本屋大賞受賞作品のはるか高みを行く孤高の奇書。

こういう文学的なお遊びをやってくれる出版社があらわれないかなあ……(遠い目)

せいぜい、”越前魔太郎”というペンネームを複数の作家で共有して作品を作ったくらいかなあ……。 

 こういう文学的なお遊びをやってくれる出版社があらわれないかなあ……(大切なことなので2回言いました)

 

【追記】

『かげろう飛車』は扶桑社文庫の『斜光』で、『薔薇への遺言』は河出文庫の『薔薇絵の供物』で読めるはずなんだけど、日影先生の『こわいはずだよ狐が通る』だけは秘文字でしか読めないっぽい。どうも全集にも入ってないようだし、一体何があったんだろう?