眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト/澁澤龍彦

都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト

都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト

 

仏文学者で小説家、エッセイストとして知られる澁澤龍彦の最後のエッセイ。

表題は、下部咽頭がんの術後に投与された薬物によって幻覚を見たことを述懐したもの。本作を最後に澁澤さんが急死。書き下ろしのエッセイ部分に加え、他には各所に寄稿した推薦文や批評文がいくつか並ぶ。 

 

自身の命の終わりを、澁澤さん当人がどのくらい意識していたのかは、今となっては分からない。表題の「都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト」や「穴ノアル肉体ノコト」に加え、追悼文がいくつか並ぶのを見ると、何となくそれを予期していたのではなかろうか?と思わないではない。

でも、喉に穴が開けられたことによって、首吊りでは死ねないが、油断するとお風呂で溺死してしまう、というくだりや、全身麻酔から目覚めてもうろうとした意識の中、看護婦に呼ばれてとった行動が、彼女の手を取ってキスをした、というくだりは、澁澤さんが本作で書いているように闘病記に見られるような悲哀じみたものは一切ない。

澁澤さんのほかのエッセイがそうであるように、この最後のエッセイもまた湿っぽさ皆無のカラッとした作品。

とはいえ、本作が編まれている間に、評論家の磯田光一が、舞踏家の土方巽が、翻訳家の斎藤磯雄が、そして海外ではジャン・ジュネホルヘ・ルイス・ボルヘスが、と時代を担ったメンツが亡くなっていったことの方に澁澤さんの悲哀が込められているように感じられます。

 

そして、本作で是非とも読んでほしいのは、末尾にある夫人・龍子さんの解説。

……今では、澁澤さんとの結婚生活より没後の一人暮らしのほうが長くなってしまった、というのを別作品で読むにつけ、流れた時間の長さに驚かされます。

そんな末文から引用。

 澁澤はそんな日「龍子、来てごらん、今日も道がすごく綺麗だよ」とよく声をかけました。「綺麗、綺麗! 天国に行く道みたい」と私は叫び、応接間のガラス戸越しに、私達は、飽かずにその美しい道を眺めていました。

 彼が、夢の中の道のように美しいその道を歩き、こんなに早く山門の向こうにいってしまうとは思いもよらなかったことです。

 私は、毎日、その道を眺め、そして彼のいる彼岸に至るその道を歩いています。

 以上、終わり。