眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

夕凪の街 桜の国/こうの史代

 

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

 

 『この世界の片隅に』に連なる物語。

原爆投下から10年後、広島に住むとある一家年代記的に追った作品です。

 

2018年もまだ2か月しか過ぎていないとはいえ、もしかしたらこれは今年のベストなのかもしれぬ、というくらい心に迫ってきた作品です。『この世界の片隅に』もそうでしたが、ほっこり感動ではなく、ずーんと迫ってくるので読了後は部屋の隅っこで体育すわりでうなだれてしまいました。戦争、ダメ。ゼッタイ。

 

 原爆投下から10年後の広島を描いた『夕凪の街』、そこから年代記的に紡がれる『桜の国』。どちらも話の中心を貫くのは原爆。

確かに原爆がいかに人々の心身に大きな傷跡を刻み付け、なおかつ人々の人生を破壊していったかということが、大上段に振りかざしているわけではないにも関わらず、ずしんと迫ってきます。

読んでいて感じたのは、この”原爆”というものが直接的な原子爆弾のことであると同時に、色々なものに対しての比喩であるようにも思いました。

例えば、阪神大震災であったり、東日本大震災であったりとか。

未曽有の大災害で自分自身が生き残るために他者を見殺しにせざるを得なかったことへの呵責、それはこんな文章であらわされています。

しあわせだと思うたび

美しいと思うたび

すべて失った日に 引きずり戻される

愛しかった都市のすべてを

人のすべてを思い出し

おまえの住む世界は

ここではないと誰かの声がする

 

 

直接的に描かれていなけれど、『夕凪の街』の舞台は明らかに原爆スラム

10年たっても20年たっても戦後は終わらず、同時に戦争によって負った傷跡は永遠に癒えることがないという風に感じました。

戦争の悲劇を語り継がなければならない、と頭では思っていても、実際にそのような立場になったら自分も彼女らと同じように「わたしが忘れてしまえばすむことだ」という結論に至りそう。その悲劇を語るたびに、自分自身が深く傷ついて、深く苦しめられ、それどころか自分の周りにいる人たちも同じように苦しめてしまうのなら、誰に語ることもなく自分の中だけに収めてしまおう、というのも仕方ない。

半面、そのような悲劇を二度と繰り返さないためにも誰かが語り継がなければ、とも思います。ただ、その”誰かが”というのがいったい誰なのか、その”誰か”の中に自分自身は入っているのか否か、という問題に直面してしまい、またその問題には答えがないような気もして……。

 

二度と戦争を繰り返してはならず、また、核兵器の悲劇を繰り返してはならない、というのを声高ではない形で、しかし、心に深く刺さるメッセージとして織り込まれている作品です。ぜひ多くの人に読んでもらいたいと思います。

「どこかの国の総理大臣」とその所属政党の方々とかには特に。

mainichi.jp

 

これだけの密度と重さ、完成度でもってたったの108ページ。

この世界の片隅に』の先にある話として、併せて読むといろんな感慨が生まれるし、なにより、日本の戦後史について自分なりに調べて考えてみるきっかけになるかとも思いました。眼鏡堂的には『仁義なき戦い 代理戦争』がより迫真の形で迫ってくるという相乗効果を体感した次第。

そして(なぜか)思い出される『シン・ゴジラ』のとある台詞。

「日本はスクラップ&ビルドで成長してきた」

「戦後は続くよ、どこまでも」

 

以上、おわり。

 

【追記1】

漫画を読んだ人ならわかると思いますが、映画から漂う「コレジャナイ感」。

何がどう違うというのは説明できないけど、なんかコレジャナイ。

www.youtube.com

 

【追記2】

この世界の片隅に』で書き忘れたのでここに。

この世界の片隅に』はドラマ化されてるけど、なかったことになっている件。

www.dailymotion.com