眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

少女コレクション序説/澁澤龍彦

 

少女コレクション序説 (中公文庫)

少女コレクション序説 (中公文庫)

 

 仏文学者で翻訳家、そして小説家でもある澁澤龍彦

その澁澤龍彦がキャラクターとして登場するアニメ映画『文豪ストレイドッグス デッドアップル』の公開を記念した、眼鏡堂書店プレゼンツのマンスリー・ドラコニア・フェスティバル(月間・大★澁澤龍彦まつり)。

第3回目の今回は、キャラクターとして登場する澁澤龍彦の通称である”コレクター”というキーワードから『少女コレクション序説』を取り上げます。

 

本作でコレクションの対象として論じられているのは、少女と人形。

この二つの共通点としてあるのが、自我を持たない客体としての鑑賞物、であること。

意志を持たずただただ美しい姿のまま小人たちの鑑賞物になる『眠れる森の美女』に代表されるように、自ら言葉や意思を表すことがないからこそ、コレクションの対象になるのが少女であり、人形であるということが本書の中心。

なので、女性の皆さんが読むと「キモっ!!」と感じるかもしれません。

実際、表紙もなかなかにパンチが効いていて、買うにはちょっと勇気がいりそうです。

 

個人的なことなのですが、この本を買った当時(ずいぶん昔です)、例えば手帖三部作*1バタイユの『マダム・エドワルダ』とか『眼球譚』みたいな暗黒的なものにハマっていたのでウヒウヒしながら愛読していたわけですが……。

今思うとまあキモいことこの上ないなあと思い出したところです(遠い目)。

以上、回想おわり。

 

改めて読み返してみると、いろいろと心がひりひりしてくるところがあるというか……。本書の初出は1985年ですが、この時点でまるで現代を予見し、挑発しているような感さえあります。

例えば、

もちろん、現代はいわゆるウーマン・リブの時代であり、女権拡張の時代であり、知性においても体力においても、男の独占権を脅かしかねない積極的な若いお嬢さんが、ぞくぞく世に現れてきているのは事実でもあろう。しかしそれだけに、男たちの反時代的な夢は、純粋客体としての古典的な少女のイメージをなつかしく追い求めるのである。

 

んで。

じゃあ”古典的な少女のイメージ”って何?というと、このように書いてあります。

少女は一般的に社会的にも性的にも無知であり、無垢であり小鳥や犬のように主体的には語りださない純粋客体、玩弄物的な存在をシンボライズしているからだ。

あまりにも都合の良いイマジネーションに女子の皆さんはたいへんおかんむりかと思われますが、そこはこの当時の澁澤さんの反俗のダンディズム。

そういう薄暗い隠微なフェティシズムを挑発しているわけです。

とはいえ、そういう薄暗くて隠微なフェティシズムほど魅力的に映るのも事実なわけで……(遠い目)

 

全般的にエロティックなテーマが多数扱われていて、なおかつそれらのもつ反モラル的な側面に対しての肯定があったりするので、人によっては非常に不快感を感じるかも。

 

とはいえ、語りださない眠れる森の美女を触れることなく愛でることのフェティシズムや、無機物である人形への偏愛など、とんがった感性やゴスっぽい雰囲気が濃厚に楽しめます。

実際、文庫のあとがきの中で澁澤さん自身が「楽しんで書いたので筆が踊っているかもしれない」と書いているように、熱量があるというか、全体的に「この作者ノリノリである」というようなのが行間から感じ取れました(眼鏡堂は)。

 

非常にフェティッシュな本なので読み手を選ぶかもしれないけど、澁澤龍彦という作家を語るうえで欠くことのできない一冊だと思います。

特にゴスロリな方々の感性に間違いなくストライクなのでぜひぜひ読んでもらいたいと思いました。以上、おわり。

 

【追記】

押井守監督の映画『イノセンス』の思想的な根幹「なぜ人形を愛するのか?」は、まちがいなくこの本を参考にしているはず。

実際、リラダンの『未来のイヴ』やソレルの『独身者の機械』といった、『イノセンス』に影響を与えた本も本作には多数登場。

そういう意味で、押井ファンや攻殻ファンにも読んでほしいなあ、と思ったりもしました。

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*1:『黒魔術の手帖』『毒薬の手帖』『秘密結社の手帖』からなる作品群。