眼鏡堂書店

積み上げられた未読本の消化と、ホラー映画100本ノックを目指すブログ。不定期更新のゆるゆるです。

聖餐城/ベルナール・ノエル

 

聖餐城 (生田耕作コレクション)

聖餐城 (生田耕作コレクション)

 

 ベルナール・ノエルによる暗黒小説。発行当初はその過激な内容により、フランス政府により発禁処分を受けました。

ちなみに、これからは眼鏡堂自身の忘備録として。

ベルナール・ノエル、という表記だと、俳優のベルナール・ノエル*1の方が検索等でヒットしてしまう。かといって、ウィキペディアの表記”バーナード・ノエル”だと今度は逆に検索に引っかからないというムズムズする現状。困ったもんだ。

 

それはさておき。

 

マルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』を例に出すまでもなく、暗黒的なまでの欲情というか性的交歓を描いたフランス文学のなんと多いことか。

思いつくままにざっとあげてみても、ポーリーヌ・レアージュの『O嬢の物語』、ジョルジュ・バタイユの『マダム・エドワルダ』や『眼球譚』、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの『城の中のイギリス人』などなど……。

映画の世界だって、『エマニエル夫人』を筆頭に、フランス、と関するものにはそこはかとないエロスの香りが。

ただ、フランス文学におけるそういったエロスの香りは、ただいやらしいもの、というよりも人間の社会性をはぎ取った末に現れる原初的な衝動や獣欲を白日の下にさらして見せる、という意義や衝動からなので、はっきり言えば哲学的。

官能小説、や、エロティシズム文学、という言葉から想像されるものとはだいぶ隔たりがあるのです。あと、思いのほか難解だったり。まあ、それは翻訳家の本気度が違うというか、選ばれる言葉の数々がとにかく高尚。ため息が出るほど美しい文章が、とんでもない場面を表現するためにちりばめられているのですが、その一方で辞書を引き引き読まねばならぬという苦労もございます。

本書を訳された生田耕作先生に言わせると、「そのくらいの教養は持っていて然るべき。でなかったら読まなくてよろしい」なのかもしれないなあ。

いずれにせよ、ひとつの読み物として非常に面白くて、「けっこう読了までかかりそうだなあ……」と思いつつ頁をめくったのですが、あっという間。まさか1日で(正確には半日)で読み終わってしまうとは。

 

たしかに、そういう内容の(というか方向性の)小説なので、あえてあらすじを詳らかにはしませんし、万人向けとはいいがたいです。特に女性におすすめできるのか?と問われると困る。

それこそ、本作にはあれとかそれとかあんなことなどなど、ちょっと刺激の強い題材がさも当たり前のように登場し、物語を盛り上げます。

とはいえ、そうは言いつつも。ただのポルノ小説に終わることなく、ひとつの文学作品として高いレベルで完成しているのは、きちんとそれが文学であること。

たとえば、この文章。前半にある儀式の中での交歓のシーン。そこで長老の様な老人から主人公に向けて発せられる台詞。

「新しい夜が古い夜を継ごうとしている、新しい月日が古い月日を追い立て。おまえは肉体だ。おまえは新月を娶ろうとしている」

または、ラストで問われる五つの問い。

「砂も小石も見あたらぬ小川とは何ぞや?」

「涙」と私は言う。

「右と左にいて、その片割れが目に入らぬ双子とは?」

「耳」と私。

「自分のほうが見るばかりで、けっして自分を見ないものは?」

「鏡」と私。

「いくら殴りつけても傷つかず、痛がりもせぬものは?」

「水」と私。

「濡れずに水の上に坐れるものは?」

「影」と私。

ポルノ小説、という冠から想像されるようなじっとりしたものはなにもなし。

結晶のように硬質で冷たくて、徹底的に磨き抜かれた輝くような文章。

それが、まるでピエロ・パオロ・パゾリーニの『ソドムの市』のような世界を、低俗に貶めることなく、むしろさかしまに哲学小説の領域にまで至らしめています。

本作の核となる哲学的部分は、記憶という思い出されることごとへの誰何。

主人公のモノローグとして”私は憶い出す”や”私は憶えている”という文章が繰り返され、果たして自分自身は何ものであるのか?という命題が浮き上がってきます。結局、その命題に対しての答えが出されたかは、読み手がそれぞれで考えることではないかと思いました。

 

いずれにせよ、眼鏡堂は非常に楽しめた作品でした。

ただ、内容や小説の位置づけがあくまでも万人向けではなく、フランス異端文学や暗黒小説、幻想文学が好きな方に限られるかも。

あんまり市場に出回らないので古本屋で見かけたら、ぜひぜひ手に取っていただきたいと思いました。以上、終わり。

 

【追記】

今回引用した作品群はこちら。

鬼火 [DVD] (HDリマスター版)

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完訳Oの物語

完訳Oの物語

 
マダム・エドワルダ (角川文庫)

マダム・エドワルダ (角川文庫)

 
眼球譚(初稿) (河出文庫)

眼球譚(初稿) (河出文庫)

 

*1:代表作としては、ルイ・マル監督の『鬼火』に出演。なお、豆知識として北野武映画『ソナチネ』はこの『鬼火』に非常に大きな影響を受けている。